topimage

    2013-02

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    8回目の月命日 - 2013.02.28 Thu

    130227m1.jpg

    昨日はマリンの月命日
    朝から夜まで父関係の事務処理で
    あちこち回ってました
    朝、家を出る時には
    今回こそちゃんとお供えを買って帰ろうと思っていたのに
    家に帰る頃には疲れ切ってしまい・・・
    結局は実家で貰ってきた
    父のお供えのおすそわけになってしまいました
    でも!
    豪華版の果物ですよ~
    まるまる一個のパイナップルなんて
    ぜ~ったいに買わないからねぇ~

    130227t1.jpg

    今週、会社は連休でした
    火曜日久しぶりに家にいる時間が取れて
    タッチ兄ちゃんものびのび&ニコニコ
    ベランダでひなたぼっこをしたり

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    「家政婦のみた」猫になってみたり

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    リビングでお昼寝したり

    甘々タッチ兄ちゃん
    かなりご機嫌でした

    130227book.jpg

    昨年末からずっと読んでみたいと思って買っていた本
    マリン世代の人達はご存知かと思いますが
    しゃもん君のママ、塩田さんの本です
    いつの間にか僧侶になってらっしゃいました
    ペンションを始めた頃
    塩田さんとしゃもん君がお泊りしてくれないかなぁ~
    って思ってたんですよねぇ
    残念ながら、ご縁がなかったのですが・・・
    う~に~ちゃんパパさんのブログで
    塩田さんの本の事を知り
    その題名に引き込まれるように買ってました

    本を読みながら
    号泣したり
    ふっと心が軽くなったり
    そうなのかぁ・・・って気づかせてもらったり
    読み終えてマリンをものすごく近く感じました
    そう、マリンはずっと私と一緒に生きてるんだよねぇって
    姿は見えないけれど
    もう触れることはできないけれど
    いつも私と一緒にいるんだなぁって

    神様から授かった命は
    いつかは神様のもとに戻っていく時が来る
    その時が来たら
    大事で愛おしくて離したくない存在だったとしても
    お空に戻ろうとしている子の足を引っ張るような事を
    思ってはいけないのだと・・・
    マリンが亡くなる前日
    「もうそんなに頑張らなくてもいいよ」
    って言った言葉に涙したわけが
    心からわかったような気がしました
    マリンはきっとママの事が心配で
    ひとりで残していくわけにはいかないと思って
    ずっと一生懸命頑張っていてくれたのだと思います
    もう頑張らなくていいんだよって
    そう私に言ってもらってホッとしたんだと思います
    そして・・・
    マリンの最期の時
    マリンは私の寝顔を見ながら
    静かにお空に戻っていったのだと思います
    マリンの最期の時
    もし私がずっと寝ないでマリンを見ていたら
    マリンは苦しい思いをしたかもしれません
    息を引き取る時を目の前にしていたら
    「ママを置いてかないで!」って叫んだかもしれません
    マリンはそんな私の心を見抜いていたと思います
    だから、マリンは私にそんな言葉を言わせないように
    ママが寝ている間に旅立ったのだと思います

    塩田さんの本の中に書かれていました
    自分がその子と一緒にいて幸せな時間を過ごせたと
    そう思っていたら
    お空に戻って行った子も同じ気持ちなんだと
    だから・・・
    ごめんじゃなくて「ありがとう」と言ってほしいと

    塩田さんはしゃもん君をお空に送って
    さらにしゃもん君と強くつながっていると
    亡くなってしまったから終わりなんじゃないと
    この世とあの世はつながっていると
    確かにそうかもしれないなぁ~
    これからも違う形でマリンと生きていけばいい

    マリンの死
    父の死
    出会った意味を
    改めて考え直す事ができた本でした
    たくさんの気づきをありがとう

    PS
    伊東のTちゃんへ
    お花届きました
    温かいメッセージもありがとう
    昨日、実家の父の祭壇にお供えさせていただきました
    ありがとうございました
    ブログ見てくれてるかな?
    またお便りしますね
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    三七日 - 2013.02.18 Mon

    父が亡くなってからと言うもの
    いろいろな事の意味を知る事が多くなりました

    七日毎のお団子がなぜ六個なのかを調べてみたら
    これは六道と言って
    地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六世界を
    巡る象徴とされているのだそうです

    何十年とそういうことを知らずに過ごしてきたこと
    それは、ある意味幸せなことなのかもしれませんが
    この年齢になってから初めて知ると言うのも
    恥ずかしい事なのかもしれません

    ネットで調べたら
    お団子の形は丸いのを六個作ると書かれていますが
    実家のあたりでは
    丸いのを三個、平べったいのを三個の六個なのだそうです

    今朝もお団子を作って父にお供えしました
    きっとマリンがいいなぁ~って
    ヨダレだらだらになってるかも

    突然の別れ - 2013.02.11 Mon

    インフルエンザのご心配ありがとうございました

    1月29日 18時10分、父が亡くなりました
    肝臓癌でした
    約3年前に余命3年の宣告をされ
    本当に3年で逝ってしまいました
    昨年の10月頃から入退院を繰り返した父
    少し容体が良くなったら特養に入る予定でした
    年明けに先生から
    「もう施設に入るのは無理です
     おそらく最後まで病院にいるようになると思います」
    と言われたばかりでした
    それでも今すぐ急変するような状態ではないと言われ
    3月の父の誕生日を迎えられるものだと思っていました
    インフルエンザの高熱が下がった翌日
    病院から父の容体が急変したとの連絡が来ました
    朝、結構な雪が積もった日でした
    前回の大雪の時
    何かあったら大変とスタッドレスタイヤに交換していて助かりました
    病院に駆け付けた時には
    父は呼吸器をつけられていて
    意識があるのかないのかわからない状態でした
    私が病院に着いた時には
    連絡した親族が父の回りを囲んでいました
    亡くなる前の週が試験で
    試験が終わってすぐにインフルエンザになり
    しばらくお見舞いにも行かれないままでした
    「ずっとお見舞いに来れなくてごめんね」
    そう言って握った父の手は
    もう握り返してくれることはありませんでした
    それでも
    「わかる?」って言うと
    ほんのちょっと目を開けてくれました
    きっとわかってくれたのだと思います
    インフルエンザの熱が下がったばかりで
    病院からはあまり病室には入らないでくださいと言われ
    父の病室の隣の部屋の空き病室を貸してもらいました
    その日の夜は
    母と、この1年間私と一緒になって両親の介護を手伝ってくれた従姉と3人で
    病院に泊まりました
    苦しそうな呼吸をしながらも朝まで父は頑張りました
    翌日、病院に駆けつけてくれた親族の対応におわれ
    完治してなかった私の体調が悪化してしまいました
    父を診てくれていた先生が点滴をしましょうと言ってくれて
    父と共にお世話になってしまいました
    危篤状態になった2日目の夕方
    父はちょっと落ち着きを見せた感じがして
    みんなが帰って行きました
    その30分後位だったと思うのですが
    父が息を引き取りました
    みんなに来てもらって最後のお別れができたのかな
    安心しちゃったのかな
    本当にあっけない最期でした
    母にありがとうも言わずに逝ってしまいました
    父とは今までいろいろな事がありました
    父の体力がなくなってきて
    やっと父と穏やかに話す事ができるようになってきたというのに
    今から思うと肝心な話はほとんどできず
    他愛ない世間話しかできずに終わってしまいました
    もっといろいろな話がしたかった
    やっとそれができるかなぁ
    そう思っていたのに・・・
    ずっと家に帰りたいと言っていた父
    少し体調が落ち着いたら日中だけ家に連れてってあげようと
    そう思っていました
    それも叶わないまま無言の帰宅となりました
    それでも、きっと家に帰ってこれて
    父は喜んでくれたのではないかと思います

    130211father.jpg

    今日は二七日
    七日毎にお団子を作るのだそうです
    どういう意味があるのかわかりませんが
    朝お団子を作って父にお供えしました
    父の写真は、マリンと仲良く並んでいます

    父が亡くなり
    いろいろな想いが巡り巡っています
    どうしてもっと仲良くできなかったのかと
    そうしたら、私の人生はもっと違っていたのではないのかと
    私は何をやっていたのでしょう
    父が亡くなったのは29日
    月は違いますが、私の誕生日も29日です
    父がその日を選んだ事
    きっと私への何かのメッセージなのかなと
    そう思ったりします
    絶対に忘れるんじゃないよ!
    そう言われているような気がしてなりません

    マリンが亡くなった最後の時のこと
    ずっと後悔が残りました
    自分を責めました
    でも、コミュニケーターさんの力を借りて
    マリンの想いを知ることができて
    あの日の夜の事を後悔するのはやめようと
    そう思う事ができるようになりました
    きっと父も自分の最期をわかっていて
    あの日を選んで逝ったのだと思います
    そう思うようにしようと・・・
    最後はきっといい親子になれたと思いたい
    父との最後の夜
    母とふたり、父に手紙を書きました
    そしてそれを折り鶴にして父の棺に入れてもらいました
    生きている間に伝えたかった
    心残りは尽きませんが
    これから先、母の介護は続きます
    まだまだ頑張らないと!です

    そうそう!
    先日の住宅ローンアドバイザーの試験
    無事に合格しました
    少しは父への言い訳がたつかな?

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    T&Mママ

    Author:T&Mママ
    キジトラ猫のタッチ
    '96.5月生(推定)
    GRのマリン 
    '97.5.15~'12.6.27
    15才43日でした

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